「みんなで防災~あの日を語ろう、未来を語ろう(2017.12.17東京大田区ライフコミュニティ西馬込)」レポート

90席の定員を大きく上回る約130名、今回も様々な立場の方々が参加しました。

石巻市の大川小学校では東日本大震災で多くの犠牲を出しました。今回はそのとき校庭にいて助かった児童の一人、只野哲也さんに当時の様子を語ってもらいました。
当時、5年生だった彼は高校三年生になりました。


前半は、ビデオや図での経緯説明の後、女川さいがいFMのパーソナリティーだった山本さんが、自身の被災体験とも重ねながら只野くんの話を引き出してくれました。
毎日新聞より
河北新報より
あの日の地震、警報、校庭での様子、移動中のこと、家が破壊される土煙、津波に飲まれ気を失ったこと、その時見た夢のこと、山で過ごした寒い夜…。

3月まで机を並べていた友達の多くがいなくなって迎えた新学期。間借校舎で、しかも、校長先生以外、全員知らない先生方、大川小への周りの視線・・・。違う学校に来たみたいだったと。
でも、最上級生としてしっかりしなくちゃと考えたこと。先生方もどんなに大変だったろう。

校舎を保存するか、解体するか、議論が進まない中、校舎を遺してほしいと声を上げたこと、それをきっかけに先輩たちが加わり、チーム大川として発信してきたこと。
それを「否定しない」「強制しない」「ていねいに向き合う」スタンスで支えてくれたNPOここねっとの先生方への感謝。
2016年3月、保存の決定。

主将を務め、柔道一直線の高校生活。
進路も決まり、先日は現地での語り部にも参加するようになった。
そして今日、東京でマイクを持って話している。

彼の言葉一つ一つに会場は息を飲みました。

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後半は会場との質疑応答。

大川小はどんなところかと聞かれて「四季が感じられる学校」と答えました。
一輪車に乗ったり、サッカーで走り回ったり、田植え、牡蠣むき、マラソン大会…、豊かな自然と温かい地域の人に囲まれ、繰り広げられた学校生活を覚えていたいと語りました。

大川小学校のことについては、学校管理下で多くの子どもの命が失われたこと、あの日の巨大な津波、その後の事後対応の問題点がクローズアップされがちですが、今回、彼が強調したのは、日々のかけがえのなさだったように思います。

大切なものがある、だから守らなければならないのです。

そして、被災体験はもちろんですが、彼が一番伝えたかったことは、「自分も、後輩たちも大川に生まれ育ったことを誇りに思い、胸を張って生きていけるような未来にしたい」という想いです。それを伝えるため彼は今回の東京行きを決めました。その想いは伝わったでしょうか。

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メディアについて

彼は、小学生のときから、多くの新聞、テレビの取材を受け、事実を語ってきました。
必要なことだと考えたからです。今もそれは変わりません。
そのことで、周りから心配されたり、否定的な声も聞こえてきたりすることもあり、辛いときもあったと言います。

一方で、報道関係者は「話を聞いてくれた存在として感謝している」という気持ちも語ってくれました。
今回も、小学時代から彼と関わってきたメディアの皆さんが(取材抜きで?)たくさん駆けつけてくれました。

私は、3.11を伝えることはメディアと当事者の共同作業でもあると思っていますが、彼を見ていてその想いを一層強くしました。

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最後に「避難訓練をしっかりやってほしい」と一言。

同じ言葉でも言う人によってこんなに違うのかと思いました。誰もが肝に銘じる説得力があります。
望んで今の立場になったわけではないとも彼は言いますが、彼の果たすべき役割がこの一言に集約されているように感じました。

また、今回は、大川小についての作文を書き、コンクールで入選したり、新聞に掲載されたりした小学生が二人参加し、インタビューにも答えてくれました。
学校の先生方の参加も多く、頼もしく感じました。次世代への継続、発展のためにこれからも連携を模索していきたいと考えています。

次回の「みんなで防災」は2018年3月24日㈯、同じ会場で開催します。
詳細が決まり次第お知らせします。どうぞよろしくお願いいたします。