平成30年12月15日(土)あの日を語ろう、未来を語ろう レポート

KIDS NOW JAPAN主催(協力スマートサバイバープロジェクト)「あの日を語ろう、未来を語ろう」がライフコミュニティ西馬込を会場に開催され、約90名の方が参加しました。

今回登壇した若者は、多くの犠牲が出た石巻市大川小学校の卒業生只野哲也さん。
当時は5年生。大学生になりました。

あの日校庭で津波に襲われました。

あの日までの大川。豊かな自然に囲まれた、楽しい学校生活。
あの日、大津波警報が鳴り響く、寒い校庭で不安だった。
津波に飲まれて気を失った。
地域の人と山の中で過ごした極寒の夜、歯のガタガタがずっと止まらなかった。
波に飲まれたとき、靴も靴下も脱げて、翌日足を見てみたら、いっぱいトゲが刺さっていた。

他校の教室を間借りしての新学期。校長先生以外は全員知らない先生。
多くの友達もいない。前年までとはあまりに違う学校生活。
それでも「最上級生なんだ」と自分を奮い立たせて…。

大川小の校舎は、2016年3月、震災遺構として保存が決まりましたが、
多くの関係者がしり込みをして議論を避けている中、2013年11月、最初に発信したのは中学1年生の彼でした。
「思い出の詰まった母校を遺してほしい」「この校舎を見て命を考えてほしい」
それがきっかけで卒業生が加わり、6人で活動。最後は石巻市が保存を決めました。

強豪校で柔道一直線の高校時代を経て、今も時々現地での語り部活動をしています。
7年前のニュース映像を見ると、改めて時の流れを感じます。
あっという間のようで、こんなにいろんなことがあったのです。
 

後半は、ボランティアやスタディツアーで何度も東北に来ている首都圏の大学生二人とのトーク。
哲也から「私たちは、被災者、遺族なので、当事者として向き合っているけれど、皆さんが継続して東北に来ているのはどうしてですか?」という質問。

二人は「何度か来ているうちに現地の皆さんが好きになった。支援というより、その人たちに会うために来ている」「東北の災害の様子もだけど、魅力を多くの人に知ってほしい」
そして、「今日聞いた大川小学校のことも周りの人に伝えたい」と語りました。
誰もが「当事者」であり「語り部」なのです。

今回は、会場にも大学生が多く来ていました。
あの時、小中学生だった彼らは、3.11を未来につなぐアクセスポイントのような役割を果たす世代だと思います。

東日本大震災から8年が経とうとしています。

「風化」の正体は「無関心」です。
「無関心」は最初からそうなのではなく、目を背けることから始まります。
だから、誰か一人でも向き合い続けることで「風化」は防げるのです。

あの日の校庭を起点として、彼の目は未来を見据えています。
「隣にいる人が明日もいるとは限らない」
それは、体験する前に、失う前に気づくべきです。

望んでこの立場になったわけじゃない。
でも、自分の言葉がなにかのきっかけになるかもしれない。
知ることで未来は変えられます。あの日は、未来です。

参加およびご協力いただいた皆様、ありがとうございました。
次回は3月16日(土)全国で防災ママカフェを開催しているかもんまゆさん(スマートサバイバープロジェクト)をお迎えします。どうぞご参加ください。
(詳細は後日お知らせします)
また、2月16日(土)に埼玉で只野哲也さんが参加する企画があります。くわしくはこちら